「空海」

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 「空海」

投稿日:2015年02月18日 09:00

空海は宝亀5年(774年)に讃岐国多度郡屏風浦、現在の香川県善通寺市
で生まれました。真言宗の伝承では空海の誕生日を6月15日としていますが、
これは中国密教の大成者である不空三蔵の入滅の日であり、空海が不空の
生まれ変わりとする伝承によるもので、正確な誕生日は不明です。

幼名は佐伯眞魚(さえきのまお)、14歳で平城京に上京して大学寮に入り
勉学に励みますが、19歳の頃、勉学だけでは飽き足らず、山林での修行に入
ります。この頃から遣唐使として唐に渡るまでの間は不明な部分が多く謎に
包まれています。

室戸岬の御厨人屈で修行をしているとき、口に明星(虚空蔵菩薩の化身)
が飛び込んできたそうで、この時に悟りを開いたとされています。この洞窟
で修行をしているとき、目の前は空と海だけだったので空海と名乗ったとい
われています。

804年、遣唐使の正規の留学僧として20年の予定で唐の国に渡ることにな
りましたが、入唐(にっとう)直前まで一私度僧で全く無名の空海が突然留
学僧として浮上する過程は、今日なお謎を残したままです。

 また、空海は日本で多少の中国語や梵語は勉強していましたが、留学後は
中国語だけでなく、梵語、サンスクリット語までも磨きをかけたようです。

西明寺に滞在後、長安青龍寺の恵果和尚の元で半年間師事し、世の一切を
遍く照らす最上の者という「遍照金剛」の灌頂名を授かりました。恵果和尚
は空海に初めて対面したときすでに、密教の奥義を授けられる人物と見抜い
ていました。

そのことは「虚しく生きて実ちて帰る」の言葉にあるように、20年の予定
を2年で消化して大きな成果を得て帰国しました。まさに日本が誇る天才と
いえます。831年、病に侵されますが、真言密教の基盤強化と存続のために
命がけで尽力し、全てをやり終えた835年3月21日、高野山奥の院にて、永遠
の禅定に入りました。

921年、醍醐天皇から「弘法大師」の諡号(しごう)が送られました。平
安初期の僧侶は仏教でだけでなく、今風の言い方をすれば、時代の最先端を
研究する学者で、国語、歴史、道徳、書道の達人でもあったのでしょう。大
師の故郷でもあり、山岳修業時代に遍歴した霊跡は、四国88箇所いう霊場と
して残り、今でも多くの遍路さんが訪れています。

今年、高野山では開山1200年を迎えます。4月2日から5月21日までの50日
間、全法会が執り行われます。仏教的な意味だけでなく、パワースポットと
しても歴史を体感したり、瞑想してみたり、普段とは違う時の流れを味わっ
てみてはいかがでしょうか。

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